大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ラ)579号 決定

抗告人

宮古市

右代表者市長

菊池良三

右代理人

田村彰平

相手方

坪井栄治郎

主文

原決定を取り消す。

本件訴訟を盛岡地方裁判所に移送する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件訴訟を盛岡地方裁判所に移送する。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙記載のとおりである。

そこで、本件における移送の当否を検討する。

一まず、記録によれば、本件訴訟において、相手方(原告)は次の(一)のとおり主張し、抗告人(被告)は次の(二)のとおり主張していることが認められる。

(一)  相手方は、昭和四三年一〇月三〇日訴外岩手窯業鉱山株式会社(以下「訴外会社」という。)から岩手県宮古市日立浜町四〇番四宅地136.82平方メートル(以下「本件土地」という。)を代物弁済により取得し、昭和四四年五月二七日所有権移転登記を経由した。ところが、抗告人は、相手方に無断で本件土地を舗装し、市民ら公衆にこれを道路として使用させている。したがつて、相手方は、原状回復の方法により本件土地の返還を受けることが客観的に不可能であるから、抗告人に対し、民法第七〇三条により、本件土地の返還請求をなし得ない代償として本件土地の時価相当額である八二九万二一二一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  抗告人は、相手方が登記簿上本件土地につきその主張に係る所有権移転登記を経由したことは認めるが、相手方主張のその余の事実は否認する。本件土地は、相手方がこれを取得したと主張する昭和四三年一〇月三〇日当時、既に存在していなかつたし、現に存在しないものである。すなわち、本件土地は、昭和一一年三月ころ埋立工事が完成した埋立地(雑種地)の一部に属していたものと思われるが、抗告人は、昭和一八年七月五日抗告人所有の右埋立地のうち道路を除いた部分を一括して訴外会社に譲渡し、以後訴外会社が適宜これを分筆して今日に至つたのである。本件土地は、昭和三五年三月一七日分筆されたが、昭和四〇年三月訴外会社の申出により抗告人の土地課税台帳に「現況なし」と記載されるに至り、課税の対象となつていない。また、抗告人は、昭和一八年七月五日以降道路を拡幅したことがないし、昭和三五年三月一七日以降本件土地を侵害したこともない。したがつて、相手方の本訴請求は理由がない。

二右一の(一)の相手方の主張によれば、相手方は、抗告人に対し不当利得による代償金の支払を求めるというのであるから、抗告人は、相手方に対し金銭債務を負うこととなり、民法第四八四条後段の規定に従つて債権者である相手方の現時の住所においてその弁済をすべきこととなる。したがつて、原裁判所は、右義務の履行地である東京都を管轄する裁判所として、本件訴訟につき管轄権を有するものというべきである。

そして、盛岡地方裁判所もまた、抗告人の主たる事務所の所在地である宮古市を管轄する裁判所として、本件訴訟につき管轄権を有することも明らかである。

三次に、右一の(一)及び(二)の当事者双方の主張を対照すれば、本件訴訟の審判の対象は、相手方の抗告人に対する代償金請求権の存否にほかならないのであるが、右代償金請求権の発生原因、すなわち右代償金請求権の発生根拠とされている本件土地の所在及び本件土地の占有使用状態が最大の争点となるものであることが明らかである。そして、記録に照らしても、本件土地がどの位置に所在するかは必ずしも判然としていないと見るほかない。すなわち、記録によれば

(一)  相手方は、抗告人から昭和四四年七月一二日付け不動産取得税納税通知書を受け取り、同月二四日これを納付したが、これを契機として、相手方は、本件土地が公図上その南側に隣接する宮古市日立浜町四〇番五宅地3467.86平方メートルの所有者である訴外東都水産株式会社に占有使用されていると見て、昭和四五年東京地方裁判所に右東都水産株式会社を被告として建物収去土地明渡請求訴訟(同庁同年(ワ)第六三五六号事件)を提起したことが認められるところ、右の事実によれば、相手方は、前記訴外会社から道路部分となつていない土地を本件土地として代物弁済により取得したのではないかと推測し得る余地もないわけではなく、また、相手方は、右建物収去土地明渡請求訴訟において、昭和五三年八月二九日、右東都水産株式会社が本件土地を占有使用していることの立証が尽くされていないとの理由により敗訴の判決の言渡しを受けたことが認められるが、右のような判決が言い渡されたからといつて、直ちに本件土地が抗告人の占有使用している道路に含まれていると見なければならない道理はないのである。

(二)  宮古市長から盛岡地方法務局宮古支局長にあてた昭和五三年九月二六日付け「地方税法第四三六条による価格通知書」には、本件土地につき「現況公衆道路」と記載されているが、宮古市長作成の昭和四五年二月二八日付け証明書には、本件土地につき「現況地積がない」と記載されているのであつて、本件土地に関する右各記載の真否については、今後十分に究明されなければならないものと考えられる。

四してみれば、本件訴訟における実質的な係争物と目すべき本件土地の所在をめぐる主張立証については、本件土地の所在位置につき、単にこれを図面によつて特定するだけでは十分でなく、現地においてこれを指示し特定することが必要であるというべきであり、現地において本件土地を特定するためには、分筆の経緯を参照して近隣土地を測量し、本件土地の各基点を明確にすることが必要となるものと考えられる。したがつて、そのためには相手方の主張する本件土地の現場検証、近隣土地を実測するための鑑定等をする必要が生ずるものと予想され、また、抗告人の市道拡幅工事の存否又はその状況、本件土地の分筆経緯、近隣土地の占有使用状況等につき関係証人を尋問する必要があるものと予想されるところ、右関係証人はそのほとんどが宮古市ないしその近辺に居住しているものと推認することができる。

そうすると、本件訴訟においては、本件土地の所在地の点並びに右のような証拠調べの必要性の点等から判断して、抗告人が原裁判所において審判を受ける場合に抗告人に生ずることのあるべき不利益と相手方が盛岡地方裁判所において審判を受ける場合に相手方に生ずることのあるべき不利益とを比較考量するとき、抗告人の被る不利益に著しいものがあると見るべきであるとともに、本件土地の所在地を管轄区域とする盛岡地方裁判所において審判することが本件訴訟の遅滞を避けるため必要なものと見るべきである。したがつて、本件訴訟については、民事訴訟法第三一条によりこれを盛岡地方裁判所に移送するのが相当である。

相手方は、本件訴訟につき盛岡地方裁判所において審判を受けるときは、多額の出費を要しその負担に耐え得ないと主張するが、相手方は、本件土地を近年(昭和四三年)取得したのであり、相手方がその所有者として、本件訴訟により本件土地をめぐる紛争を解決することは、同人の本件土地に対する管理処分行為の一態様に当たると見るべきものであるから、相手方は、その主張、立証を尽くすために本件土地の所在地を管轄する裁判所に出頭することもやむを得ないことであるといわなければならない。

五よつて、抗告人の本件訴訟移送申立てを却下した原決定は不当であるから、これを取り消した上、抗告人の右移送申立てを認容することとし、主文のとおり決定する。

(貞家克己 長久保武 加藤一隆)

〔申立の趣旨〕

原決定を取消す。

本件訴訟を盛岡地方裁判所に移送する。

との裁判を求める。

〔申立の理由〕

一、原決定は本件訴訟は代償金請求訴訟であるから持参債務の原則により管轄が東京地裁にあると判断した。

これは誤りで、本件訴訟は本来土地の存在の有無、その範囲の訴訟である。そもそも原告所有土地が存在するか、あるとすればどこにあるのかと云うことが争点である。本件訴訟の本質からみて東京地裁には管轄はないのである。

申立人は当然には代償金を支払う義務もないので、義務履行地という考え方も成立しない。

二、強いて管轄競合と解した場合に、東京において岩手県宮古市の土地の訴訟を行うことにより著しい訴訟遅滞ないし損害の発生することは明らかである。原決定は先ず検証の必要性を認めていないが、土地の訴訟は図面や写真によつてその全貌を把握することは困難であり、百聞は一見に如かずという場合が多い。良心的な裁判官は屡々当事者に対し検証申出を促し、或いは現地証人尋問を行うことによつてこれに代える場合もある。本件の場合も同様であり、真面目に審理しようとするならば当然現地検証によつて本件土地ならびに周囲の状況を認識する必要のあることは明らかである。

証人については土地の訴訟であるから、現地居住の証人に重点がおかれるべきことは自明の理であり、鑑定人も同様現地にくわしい不動産鑑定士を選任すべきである。もつとも鑑定は原告主張事実が認められない場合には不要であろう。

こうした費用負担は盛岡地方裁判所に移送することにより著しく軽減されることは説明する迄もない。裁判所の宮古への出張費用、証人の東京出張の費用を考えれば判ることである。また土地の訴訟は当該土地の裁判所が行うことが適正迅速に行われることも常識の範囲内のことである。

原決定は本件を盛岡地方裁判所へ移送すると相手方が不便不利益を被ると主張しているが、これは管轄についての原則を知らないものである。そもそも裁判は原告が被告の住所地におもむいて訴訟をするのが建前であり、公平の原則にかなうものである(民事訴訟法第一条)。裁判所は当事者を平等に取扱うべしとする公平の要請から、相当な準備をして訴を起す原告と不意を打たれる被告との間の不公平を、被告の普通裁判藉に訴を起させることによつて緩和し、原告の理由のない訴の提起による被告の損害をできるだけ軽減しようとする趣旨である(菊井、村松民事訴訟法1三一頁)。被告にとつて本件のような形で訴を提起されることはまことに迷惑千万なことであり、原告が被告裁判籍のある土地におもむいてくるのが公平の原則に合致する。

三、原決定は憲法一四条に違背するものである。原決定の説くところはすべて首肯し難いところであり、事案を素直に解した場合岩手の土地の訴訟であるから岩手において審理されるのが当然で、申立を却下して無理に東京で訴訟をされる理由はない。この裏には申立人は地方自治体であり、相手方は個人であるから申立人に過分の費用を負担させてもよいとする予断(相手方の反論)がある。

しかし個人であろうが法人であろうがすべて法律上平等に取扱われるべきことが憲法の精神であり、原決定はこれに違背するものである。

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